あくび特選情報館。
そんな問題をあっさり解いたやつがいる。
数学の先生でも、恋愛の達人だと噂される色っぽい英語の先生でも、ましてや潤くんでもなく。
今、俺の目の前で大あくびをしている大野先生その人。
「そんな怒るなよう」
「怒るに決まってんだろっ」
「悪かったって。新しいの買ってやるから」
いくらだ?100円か?
そう言って白衣のポケットをごそごそ探る。
確か昼飯の残りの小銭があったはず、じゃねえんだよ。そういう問題じゃないっ。
「なんで飲んだんだよ」
「そこにあったから」
「そこにあったら何でも飲むのかよ」
「だっておまえがどうしようって言ってるから」
不味くて飲めないのなら俺が飲んでやろうと思ったんだよ。あ、100円あった。ほら、いるか?ってだからいらねえよ。
まあ、確かにさ。俺が放課後になってもグダグダ悩んでたのが悪いんだけど。
どうしようかなって小さな診察台に顎のせてパックを指先で弄ってたら、昼寝から起きてきた大野先生がそれを見つけて、喉乾いたから貰うぞって止める間もなくさっさと飲んじゃって。
あんなに悩んでた中身は大野先生の腹の中。
そして一番大事な本体は、くしゃりと握り潰されてゴミ箱の中。
それもご丁寧に大野先生が昼飯に食べたカップラーメンの空き容器の中に収まってるんだから、もうどうしようもない。
「せっかく相葉先輩に貰ったのに…」
「また貰えばいいじゃん」
「こんなこと二度もあるわけないじゃん」
「そうか?相葉は一口くれって言ったら簡単にくれるぞ」
「俺にとってはそのシチュエーション自体が簡単じゃないんですよ…」
それは俺のせいじゃないしなあって正論吐かれてしまえばもう何も言えない。
はあ。まあ、いいや。
どうせあのままあったってオレはグダグダ悩むだけで、ゆっくりと腐っていくいちごミルクをただ眺めてるだけだったろうから。
美味しく飲んでくれる人に飲んでもらえたなら、あいつも本望だったろうね。
はあ、ともう一度最後の未練を吐き出して、窓際に座って俺たちのやり取りを面白そうに見ていた潤くんの隣へと座る。
「おつかれ」
「どうも」
ほんとに疲れたわ。使ったことない脳みそ一気にフル回転させた気分。
「でもさあ。凄くない?」
「なにが?」
「にのが。完全に相葉先輩に認識されてるよね」
ついこの前までは俺らの存在も知らないんだろうなって言ってたのに。
そう言う潤くんに、俺も思わず頷いた。
そうなんだよ。そこは本当に俺も凄いと思う。
自分の身に何が起きてるのか分からないくらい。
「この調子で頑張んなよ。それでもっと先輩と仲良くなってさ。俺に櫻井先輩紹介してよ」
にやりと笑ってそんなこと言うけど、いいの?
だって先輩のそばに行くと息できなくて死んじゃうんでしょって言ったら、1分くらいなら大丈夫だと思うとかって結構真面目な顔して言うから笑ってしまう。
「んふふ。なにそれ。1分でいいの?」
「だって俺、そんなに息止めれねえもん」
「んはは。じゃあもっと肺活量鍛え
いとね。俺が相葉先輩と仲良くなるまでに頑張ってよ」
「わかった。頑張る」
そんなバカみたいな話で笑い合うのもいつものことで。俺たちほんとくだらないよねとか言いながら、ほんのちょっとの現実に大きな夢を膨らませて、だけどそんな夢叶うはずないこともちゃんと知ってて。
まるでアイドルみたいだよね。
自嘲気味にそんなこと言ったら、デビューとかしちゃったらどうしよう。転校とかしないよね?って大真面目に潤くんが心配するから声を上げて笑った。